研究概要 活動状況

研究概要と活動状況

【研究分野と活動の概要】 2020年6月現在
当研究分野は1998年に遺伝子診断の旧称で開設されてから一貫して,消化器がんを中心にがんの多様な生物病態と腫瘍外科学的特性について,基礎と臨床を密接に関係づける方向で研究を続けている.そして,その成果を難治がんや希少がんの病態解明と制御に応用することを検討している.大腸がんの分子病理学的特性は組織バンク資源をもとに外科系大学院の学位研究課題として継続している(後述).

1.Wnt経路に関わる新しい分子細胞機構の検討
Wnt経路固有のがん化シグナルを理解する目的で,大腸がんの腫瘍-宿主境界の腫瘍環境で活性化されるb-カテニンを機軸とするがん化経路の病理作用を明らかにしてきた.とくにb-カテニンが転写誘導するCRD-BP(coding region determinant-binding protein)に着目し,大腸がん病態との関連を検討している.がんにおけるb-カテニン活性化の仕組みについて,その分解複合体構成因子やユビキチン経路の調節異常を明らかにしてきた.b-カテニンの核移入はその活性化に必須であるが,核局在構造を持たないb-カテニンが細胞質と核を往来する仕組みは明らかではない.本学Wong教授とともに,核-細胞質間分子移送を担う核膜孔複合体因子(nucleoporins: Nups)の検索を始めた.これまでに,大腸がんではある種のNupがb-カテニンやTcf7L2(Tcf-4)の核内発現を調節していることを見出した.
この課題は大腸がんのWnt経路の病理作用の理解と,個体発生や分化など多様な生命現象の研究へ応用が期待される.これまでの研究経過を振り返ると,一連の成果は国際的評価が高い科学誌に掲載されてきた.しかし,その引用回数(インパクト)は低く,臨床応用には程遠い状況であり,今後の研究継続の是非や方向性を慎重に検討している.

2.glycogen synthase kinase (GSK) 3b阻害によるがん治療法の開発研究と応用
大腸がんにおけるWnt/b-カテニン経路の研究過程で思いがけず,同経路の抑制因子としてひろく認識されていたGSK3bが固有の分子経路を誘導して,がん細胞の生存,不死化,増殖を推進することを発見した.そして,GSK3b阻害の強力で特異的ながん治療効果を細胞レベルと非臨床試験で実証した.大腸がん研究と並行して,本学脳神経外科学,整形外科学,消化器・腫瘍・再生外科,金沢医科大学腫瘍内科学,総合医学研究所などと連携し,GSK3bの「がん促進作用」は膵がんや膠芽腫,骨軟部肉腫などの難治,希少がんにも観察され,腫瘍細胞に高度の浸潤性と治療(抗がん剤,放射線)不応性などの悪性形質を賦与することを見出した.そして,GSK3b阻害医薬品の転用(repurposing/repositioning)と抗がん剤を併用するがん治療法を共同開発し,再発膠芽腫(本学附属病院脳神経外科)と進行膵がん(金沢医科大学病院)を対象とする医師主導型臨床研究によりその安全性と抗腫瘍効果を試験している(UMIN000005111,UMIN000005095).
がんにおけるGSK3bの生物学を理解するため,がん固有のエネルギー代謝(Warburg効果)に関わる代謝酵素や自食作用(オートファジー)に着目して機能解析を進め,新しい知見が得られつつある.また,遅ればせながら,抗がん剤耐性化膵がんや原発膠芽腫スフェアを対象に,GSK3bによるがん幹細胞形質の制御について研究を開始した.消化器がんの臨床に即した課題として,内視鏡的にヨード不染で認識される食道発がん初期病巣(前がん病変)の発生機構に関して,がん代謝の視点から今後アプローチしたい.
GSK3b阻害によるがん治療法開発の基盤として,国内製薬企業が保有する阻害剤やGSK3b制御性micro-RNAの配列をもとに東工大生命理工学科と共同開発するアンチセンスオリゴ核酸のがん治療効果の解析,cell-based ELISAによる新規阻害剤スクリーニング技術の開発などの準備を進めている.

3.エピジェネティクスを指標にするがん診断・治療法の開発
大腸発がん経路をジェネティック・エピジェネティックな変化により説明・細分類し,診断・治療に応用することを目的に,本学外科学大学院生と共同研究員が継続している.

4.ヒト消化管がん組織検体資源化プロジェクト
がんの生物学的解析から観察される現象を実際の病巣で検証してはじめて, がんの臨床に橋渡しできる.この目的で,消化管がん研究や臨床研究の基礎資源として2008年から本事業を開始し,2010年にこの事業を当研究所ヒトがん組織バンクに継承し,現在に至っている.この組織資源をもとに国内外の機関と共同研究により,胃がんや大腸がんにおけるWnt経路の分子病理特性(Nature 2006, Cancer Res 2009)やレトロポゾン,トレフォイル因子,RUNX3などを対象にエピジェネティック変化の解析による発がん,進行の分子機構を明らかにしてきた(J Clin Invest修正投稿中,Oncogene 2015, Gastroenterology 2011, Clin Cancer Res 2010, Gastroenterology 2010).これらの研究に加えて2014年より,山梨大学が開発した大気圧イオン化法-質量分析装置を用いて,大腸組織検体のマススペクトルデータベースをもとに統計解析手法により非がん/がんの判別(診断)システムを構築し,生体分子の発現量を解析することでがん病態解明の基盤を構築することを目的に,同大解剖学を主体に本学消化器・腫瘍・再生外科学と共同研究を始めた.