ゲノムプロジェクトの成功によって、ヒトやマウスのゲノムDNAの全塩基配列の解読がほぼ終了し、すべての遺伝子の一次構造が明らかになりました。私たちの次の大きな目標は、それぞれの遺伝子の機能を理解し、その相互作用によって引き起こされる高次生命現象や疾患の分子メカニズムを解明していくことです。

 遺伝子のはたらきを調べるための重要な手法に、ノックアウトマウスの作製があります。ある遺伝子に変異を導入して遺伝子のはたらきをなくしたマウスを作製し、その表現型を調べることで、個体レベルでその遺伝子がどういう機能をもっているかを明らかにする方法です。これは、非常に有用な方法で、<遺伝子>から<表現型>の探索へ向かう逆遺伝学的アプローチの代表的なものです。しかし、この方法ではひとつひとつの遺伝子の機能を見つけるために、それぞれ変異マウスを作製しなければならないため、大変な時間と手間がかかります。

 これに対し、<表現型>から<遺伝子>の探索へ向かう順遺伝学的アプローチも大変重要です。特定の生命現象や病気に関係している複数の遺伝子を効率的に同定できる方法のニーズは、今日ますます高まっているからです。レトロウイルスは、感染細胞のゲノムにランダムに挿入して変異を導入するため、マウスモデルを用いた順遺伝学的な遺伝子機能の解析にとって、重要なツールのひとつと考えられます。

 私たちの研究室では、レトロウイルス(マウス白血病ウイルス)による挿入変異で血液のがんを発症する発がんモデルマウスを用いて、がんに関係する新しい遺伝子を探索しています。このモデルマウスでは、発症したがんのゲノムに挿入したウイルスを目印に、簡単にその原因遺伝子を見つけることができます。したがって、個人研究の規模でも比較的たくさんの種類のがん関連遺伝子の解析が可能になります。こうして新しい遺伝子を発見し、そのはたらきを明らかにすることで、ポストゲノムの医科学研究に貢献できると考えています。

     

私たちは、これまでにマウスに発症した血液のがんを調べることで、約2,500箇所以上のウイルス挿入部位を決定しました。そして、がんの発症に重要な遺伝子を200個以上発見し、そのデータベース(RTCGD : Retroviral Tagged Cancer Gene Database)を構築しました。このデータベースには、既知のヒトがん関連遺伝子(参考:サンガー研究所 Cancer Gene Census)の約60%が含まれており、発がんモデルマウスで得られた知見が、ヒトのがん研究にも十分に役に立つことが証明されています。
                         

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