主な研究テーマについて紹介します。

1、ゲノム不安定性を示す変異マウスを利用した新しいがん抑制遺伝子の同定

 がんに関係する遺伝子には、遺伝子の発現や機能が活性化されることで発がんに関わる<がん遺伝子>と、不活性化されることで発がんに関わる<がん抑制遺伝子>があります。ヒトのがんに対するがん抑制遺伝子の関与は大変大きいため、新しいがん抑制遺伝子の発見とその機能解析は、がん研究にとって重要な課題です。

 しかし、ウイルス感染マウスを用いた従来の挿入変異法では、がん遺伝子が主に単離され、がん抑制遺伝子がほとんど単離されませんでした。がん抑制遺伝子の不活性化には、両方の染色体にある対立遺伝子に変異が起こる必要がありますが、ウイルス挿入だけでは、そのイベントは極めて確率が低いため、と考えられます。

 そこで私たちは、細胞分裂時のDNA組み換えやヘテロ接合性の消失(LOH)を高頻度に引き起こす変異マウスを用いて、ウイルス挿入変異を行うことで、両方の対立遺伝子への変異導入効率を高めて、がん抑制遺伝子を効率的に単離する系を開発しました。このようなゲノム不安定性をもつ変異マウスとしては、ブルーム症候群モデルマウスを利用しました。ブルーム症候群はヒトの劣性遺伝病で、原因遺伝子Blmの変異によりゲノムの不安定性が生じ、様々ながんの早期発症をともないます。Blm遺伝子変異マウスは、分裂組み換えやLOHの頻度の上昇が見られ、ヒトのブルーム症候群のモデルとなることが報告されています。

     

まず、レトロウィルス感染Blm遺伝子変異マウスを作製すると、通常のウイルス感染マウスより早期にリンパ腫瘍を発症することが確認されました。次に、腫瘍からウイルス挿入部位を網羅的に単離し、新たに100個以上の標的遺伝子を同定しました。特に、翻訳領域の内部にウイルス挿入が見られる遺伝子(がん抑制遺伝子の候補)を十数個発見することに成功しました。そのうち、由来した腫瘍で両方の対立遺伝子での変異が認められたものには、網膜芽細胞腫Rb関連遺伝子(p107,p130)、サイクリン依存性キナーゼ阻害因子(Ink4c)、ファンコニ貧血原因遺伝子(Fancg)など既知の有力な候補遺伝子が含まれており、目的とする実験系が確立されたことがわかりました。現在、新しく同定されたがん抑制遺伝子の候補について、その機能と発がんへの関与を調べています。


2、ヒストンのメチル化制御と発がん

 最近、標的遺伝子のひとつであるFbxl10遺伝子が、ヒストンの脱メチル化酵素をコードすることが報告されました。これをきっかけに、ヒストンのメチル化制御に関わる酵素の遺伝子について、ウイルス挿入を調べてみると、その多く(メチル化酵素17種と脱メチル化酵素11種)が挿入変異の標的となっていることが明らかになり、がん発症におけるヒストンのメチル化制御の重要性が浮かび上がってきました。

         
 ヒストンの翻訳後修飾(アセチル化・メチル化・リン酸化など)は、転写制御、DNA複製・修復、X染色体不活性化など様々な生物学的現象に関与しています。特に、ヒストンのアセチル化と発がんの関係は、既にその重要性が報告されています。ヒトのがんでは、ヒストンのアセチル化酵素遺伝子(CBP, p300遺伝子など)の変異が頻繁に見つかっており、アセチル化酵素はがん抑制遺伝子産物と考えられています。一方、ヒストンの脱アセチル化酵素(HDAC)は大量発現が観察されており、がん遺伝子産物と考えられます。実際、脱アセチル化酵素の阻害剤(HDAC inhibitor)が抗がん剤として開発され、臨床治験が行われています。

 ところが、ヒストンのメチル化制御とがんとの関係は、脱メチル化酵素が見つかったのが最近ということもあり、研究がまだあまり進んでいません。私たちは、ヒストンのメチル化を制御する酵素群が、新しいがんの分子標的になりうる有力な候補と期待して、その発がんにおける役割を詳細に調べています。


3、ウイルス挿入変異の標的となるmicroRNAやnon-coding RNAの発見

 従来からのウイルス挿入変異の解析で、重要なウイルス挿入部位として同定されていたものの、その近傍にタンパク質をコードする候補遺伝子が見つからないゲノム領域が存在していました。私たちは、このようなゲノム領域について、microRNAやnon-coding RNA遺伝子が標的になっている可能性を見いだしました。microRNA遺伝子のデータベース(サンガー研究所:miRBase)に登録されているマウスのmicroRNA遺伝子とそのクラスターのうち、約20%のものがウイルス挿入変異の標的となっていることがわかりました。このなかには、既知のがん遺伝子であるmir17-92遺伝子クラスターとmir21遺伝子が含まれていました。

      

ウイルス挿入変異によって発症した腫瘍では、1つの腫瘍が複数のウイルス挿入を持つという特徴があります。microRNA 遺伝子を標的とする腫瘍の多くでは、同時にタンパク質をコードする別の遺伝子も標的となっているため、こうした協調的に作用しうるタンパク質因子に注目しつつ、新しい切り口から、microRNA 遺伝子の発がんへの関与を解析しています。

 またmicroRNA以外のnon-coding RNAも標的として複数同定しています。non-coding RNAは、まだほとんど機能がわかっておらず、その機能を発見するためのツールとしてウイルス挿入変異が利用できるのではないかと期待しています。

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