HOME | ニュースレター | News Letter Vol.13
腫瘍分子生物学研究分野
教授 髙橋 智聡
本稿を書いているのが6月半ばであります。緊急事態宣言も解除され、学校での活動が徐々に始まったと思います。この度は私の研究内容を紹介せよとのことですが、それは最後にちょこっとするとして、なぜ僕たちはがん研究をするのだろうという話をしてみたいと思います。コロナで在宅していた間何回か同窓生とZOOM飲みというのをやりました。多職種で重要なポジションにある人も参加していて、そこで話に出たのは、己の職業の意味を考える良い機会であったと。では、がん研究者とは何か?我々の研究は10年とか20年後のがん治療の改善を目指します。感染症の最前線に立つ医師・研究者からしたらいかにも悠長です。本邦において何の対策もとらぬ場合、COVID-19で亡くなるひとは42万人と推定されました。がんで亡くなったひとは2018年に37万人でしたから、この疾病がいかに大きな政策課題であるかわかります。仮にがん治療や研究を全く止めたらどうなるか?そんな試算はやったひとを知りませんが、がんに対して人類が無力であった時代も人口は順調に増えた訳ですから、生物学的にたいしたことは起きぬかもしれません。平均余命は縮むでしょう。しかし、女性が今より多くの子供を産むことができれば、超高齢社会は解消され、健全な社会に復するかもしれません。若年がんやAYA世代がんというような重要な例外はありますが、基本的にがん死は60歳より後半の方の問題です。COVID-19の年齢別の死亡率とがんのそれが奇妙なほどに一致するのです。若い皆さんの中には、高齢者を感染死から守るためにこれほどまでの自粛を強いられたことに多少不満を抱いた方もいらしたかもしれません。がんとの闘いも、いろいろな意味で不条理なものであります。
では、僕はなぜがん研究の道に入ったか?学生時代「ウイルスとがん」という岩波新書に感動し著者を訪ねたら、翌日から実験をすることになりました。成人T細胞性白血病がテーマだったので、卒業して血液学の臨床をやり、ある時、亡くなった急性骨髄性白血病の患者さんの剖検に入りました。子宮に割面を入れた刹那、怪しい緑色が現れました。緑色腫chloromaといって髄外臓器に浸潤した白血病細胞のプロトポルフィリン代謝産物が発色する現象です。闘病中不正出血に散々苦しまれましたが、白血病細胞は、子宮組織をほぼ置き換えるまで激しく浸潤していました。不謹慎ではありますが、私は、これに一瞬みとれてしまいました。なんて神秘的なんだろう!がん研究の世界が僕においでおいでをしていました。で、僕の今の研究ですが、RB1というがんを抑制する遺伝子をやっています。これと最初に出会ったのは、この遺伝子のクローニングが成った直後で、同級生がこのファミリー遺伝子を単離しようとしているのを手伝ったり、クローニングを果たしたばかりの研究者に会わせてもらったり(写真:筆者左から2人目)、よって付き合いは30年以上です。1999年からボストンでこの遺伝子に本格的に取り組み始め、この遺伝子の働きがなくなったときにどうやってがんを治せば良いかを長いこと研究し、最近は、この遺伝子の機能がまだ保たれているがんをどのように治せば良いかも研究しています。詳細はホームページに掲載していますので、興味があったら読んでみてください。それでは、皆さん、今後もどうぞ気をつけて。