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シグナル伝達研究分野
教授 善岡 克次
最近、ゲノムという言葉をよく耳にしますが、ゲノムとはなんでしょうか?各生物は固有の遺伝情報をもっていて、それを総称してゲノムと言います。つまり、すべての生物はそれぞれ独自のゲノムをもっている、ということです。ゲノム情報の基本は塩基配列で、ヒトでは、約30億のDNA塩基対が23本の染色体に分かれて収められています。私たち多細胞生物は、個体が形成される過程で細胞分裂を繰り返し、また、個体が形成された後も恒常性を維持するために細胞は分裂します。細胞にはゲノムを安定に維持するシステムが備わっていて、細胞分裂の際にも、遺伝情報は正確に娘細胞に伝えられます。しかし、その維持システムが破綻するとゲノムの不安定化を引き起こし、個体の発生異常や染色体異常による疾患などの原因になると考えられています。
塩基配列が変化(置換や欠失・挿入など)したり、染色体数が増減したりする、ゲノム不安定性はがん細胞の特徴の一つです。また、多くのがん細胞が染色体数の異常(異数性)を示すことから、異数性とがんの関わりも古くから指摘されていました。現在では、染色体の不安定性は単なるがん化の結果ではなく、がんの発生・進展と密接に関連しているのではないかと考えられています。
これまでの多くの研究から、「分裂期チェックポイント」と呼ばれる監視システムの存在が明らかになっています。この監視システムは染色体均等分配への準備ができているか確認し、準備が完了するまで、細胞分裂を停止させます。つまり、分裂期チェックポイントは、がんの発生・進展を防ぐ、防波堤としての役割を担っています。分裂期チェックポイントが正しく作動するためには、分裂期チェックポイントの制御に関わるタンパク質(哺乳動物細胞では約10種類見つかっている)が細胞内の適切な場所で適切な時期に働くことが必須ですが、その仕組みについてはほとんどわかっていません。
一方、私たちは細胞内での物質(タンパク質やミトコンドリアなど)の輸送に関する研究を行なっており、その過程でJSAPというタンパク質が染色体分配において重要な役割を担っていることを見出しました。また最近、JSAPが分裂期チェックポイントで鍵となるタンパク質の時間的・空間的制御に関与する可能性を示す結果を得ました。今後、さらに研究を進めることで、染色体不安定性がどのようにがんの発生・進展に関わっているのか、という未解決の問題についての理解が深まり、将来的にはがん治療薬の開発にもつながると期待しています。