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News Letter Vol.14

News Letter Vol.14

(表紙クリックでPDFが開きます)

目次

  • 所長エッセイ
  • シンポジウム・研究会の開催
  • 定年退任のご挨拶
    分子生体応答研究分野 向田 直史 教授
  • 共同研究者の紹介
    藤田医科大学医学部 下野 洋平 教授
    金沢大学がん進展制御研究所 後藤 典子 教授
  • がん進展制御研究所若手研究者の紹介
    倉吉 健太 博士研究員
    鈴木 隆介 博士研究員
  • 高校生へ向けて研究紹介
    腫瘍遺伝学研究分野 大島 正伸 教授
  • これまでに開催したセミナー/業績など
  • 石川そぞろ歩きや風物

高校生へ向けて研究紹介

炎症とがんの話

腫瘍遺伝学研究分野
教授 大島 正伸

 皆さんは、アスピリンという名前の薬を知っていますか。非ステロイド抗炎症薬(non-steroidal anti-inflammatory drugsの略でNSAIDs(エヌセーズ)と呼びます)の仲間で、解熱頭痛薬や風邪薬に含まれる成分です。アスピリンに代表されるNSAIDsは、シクロオキシゲナーゼ(cyclooxygenase)という酵素の活性を阻害することで、プロスタグランジンという炎症や痛みを引き起こす物質の産生を阻害し、炎症を抑えます。
  今から30年ほど前に、アメリカの研究グループが、約60万人の人達を対象にしてアスピリンを日常的に服用する人と、ほとんど服用しない人に分けて、それぞれのグループで大腸がんの発生率を調べました。このように、何かの生活習慣と病気の発生頻度の因果関係を調べる方法を疫学調査と言います。驚いたことに、この疫学調査の結果、アスピリンを日常的に服用するグループでは、大腸がんリスクが明らかに低下していました。つまり、「炎症を抑えると大腸がんに罹りにくい」、言い換えると、「炎症反応が大腸がんの発生を促進している」可能性が示されました。

 それでは、なぜ炎症ががんの発生に関係するのでしょうか。ケガなどで正常組織に傷が出来ると(消毒してバンドエイドを貼りますね!)、そこでは炎症が起きてやがて傷が治ります。組織損傷により炎症が起きた場所では、血管が拡張して酸素や栄養を供給したり、周囲で活性化した細胞が増殖因子を分泌するようになり、細胞分裂が盛んになって壊れた組織が修復されます。まだ理由はよくわかっていませんが、がんが発生した場所でも損傷した組織と同じように炎症反応が起きていて、栄養豊富になった環境ががん細胞の増殖を助けていると考えられます。このような炎症により、がん細胞が増殖しやすくなった環境は「がん微小環境」と呼ばれ、がんの予防や治療薬の標的として研究されています。

 最後に私達の研究室での実験について説明します。マウスの胃粘膜で、発がんを誘導するWntシグナルを活性化させると、細胞はがん化しますが増殖を続けられずにがんは発生しません。そこに、シクロオキシゲナーゼを活性化して炎症反応(胃炎)を起こすと、がん細胞は増殖を続けて、胃がんを発生するようになります。つまり、炎症反応は胃がんの発生にも重要な役割を果たしていることがわかります。ただし、NSAIDsには胃潰瘍などの重い副作用があるので、胃がんや大腸がんの予防のために持続的に服用することはできません!それに代わる新しい薬の研究が成功すれば、将来はがんを予防できる時代が来るかも知れません。