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News Letter

News Letter Vol.17

News Letter Vol.17

(表紙クリックでPDFが開きます)

目次

所長よりご挨拶

金沢大学がん進展制御研究所
所長 松本 邦夫

  皆さん、こんにちは。令和4年度から第4期中期期間(令和4~9年)がはじまりました。当研究所は本期間も,共同利用・共同研究拠点として活動してまいります。
 現在,当研究所の大島正伸教授、後藤典子教授、矢野聖二教授の3名が日本癌学会理事を務めています。当研究所の教員が同時に3名も理事を務めたことはなく,当研究所による研究・活動が日本癌学会にも貢献していることの表れと思われます。また,本年4月から和田隆志先生が新学長に着任されました。金沢大学未来ビジョン「志」(https://www.kanazawa-u.ac.jp/university/management/plan)にさまざまな改革プラン,学長としての決意が示されています。私たちにとっての道標となるものです。皆様におかれましては,金沢大学,そして私たち研究所に対しまして,引き続き多大なご支援を賜わりますようお願い申し上げます。
 令和4年4月,当研究所に城村由和教授が分野主任として着任し,新しい分野「がん・老化生物学研究分野」を立ち上げられました。城村先生の研究,一つのキーワードに絞るとしますと「老化」です。老化とがんはがん研究においても重要なテーマですが,がんに限らず医学・生物学に普遍的なテーマです。本研究所からの老化に関わる優れた研究が学内外に波紋のような広がりとなって発展されることを期待しています。
 当研究所では,毎年市民の皆さんに向けて金沢大学公開講座の一部を担当しています。本年は「がん研究の基礎」「がん医療の最前線」それぞれ3回づつ開講しました。「栄養代謝とがん: がんに関わる栄養の科学」(平尾 敦教授),「がんを治す: がんの遺伝子診断と治療薬の進歩」(高橋智聡教授),「がんの転移 ~恐るべき仕組みとがん克服への挑戦」(平田英周准教授),大腸がんのしくみと医療をいっしょに学びましょう (源利成教授), 乳がん: 乳がん治療の過去現在未来(寺川裕史・附属病院助教), がんゲノム医療の最前線(竹内伸司講師)など,いずれも興味を惹くタイトルですが,それに違わず,参加者の評判は上々でした。私たちが社会に貢献できることとして,講師の顔ぶれを変えながら,継続していきます。
 本年7月に,がんで亡くなられた故人のご家族の方から,当研究所に多額のご寄付を頂戴しました。その故人の方は,長年にわたり,製鉄に関わる世界的な技術者として,日本そして世界で活躍されました。自らに先んじて,家族,同僚,他者への献身に努められていたと伺いました。そして,高校生や学生,世界に貢献する未来の日本を担う人材が育つことにも強い思いをもっておられたと伺いました。その思いに応えたく「基金」として,当研究所による高校生向けのがん研究早期体験プログラムの実施,大学院生による研究発表会(がん研コロキウム)での表彰など,将来のがん研究者を育む活動に使用させていただきます。
 令和4年4月から,産学連携・研究(総括)担当の金沢大学副学長を務めることになりました。これまで新学術創成研究機構,ナノ生命科学研究所にも参画する機会をいただき,領域の異なる研究者の発想や革新技術と連携することを経験しました。専門の異なる研究者同士,相手分野の考え方,人柄を尊重しながら,柔らかい気持ちで取り組むことで,予期せぬブレークスルーにつながることを経験しました。また,20年ほど前に創薬ベンチャーを起業しましたが,起業の準備段階から証券会社,ベンチャーキャピタル,仕事上の世界が違うたくさんの人と話をしましたが,新しい感覚で妙な楽しさを感じました。これらの自分なりの経験が大学のために活かせるように頑張りたいと思います。

着任のご挨拶

『細胞老化』の観点からがんの革新的な予防・治療法の開発を目指す

がん・老化生物学研究分野
教授   城村 由和

   2022年4月にがん・老化生物学分野に着任してきました、城村由和と申します。独立した研究室主宰者としての新しい船出であり、まだまだ慣れないことも多くありますが、研究室員である馬場智久准教授や定免由枝技能補佐員(写真)、さらには所内の皆様のご協力・ご支援を受けながら良い研究・教育を世界に向けて発信していくことができる環境を作っていけるよう研鑚を積み重ねてまいります。
   私は小学校から大学院時代までを過ごしたのは愛知県名古屋市であり、その後の教員活動などもワシントンDC近郊、名古屋、そして東京で過ごしました。前職の同僚や学生などからは、私は名古屋出身の都会っ子(名古屋が都会なのかは賛否両論あるかと思いますが)という認識であり、雪が降ることも多い北陸生活を心配する声もありました。しかし、幼少期は実家の富山県富山市で過ごすことが多く、教授選考に関するインタビューで本研究所に来訪した際も望郷の念や心地良さを感じたのを覚えております。また、加賀藩主・前田氏の祖である前田利家公は名古屋の出身ということで、金沢とは何か強い縁を感じております。素晴らしい研究・教育活動を行っていくためにも、この金沢の地にしっかりとした生活基盤を築いていければと思います。
 さて、私の研究についても少し紹介させていただきます。大学院生の時は、生活習慣病の大敵である肥満・脂肪細胞分化に関する研究、博士研究員の時には、基礎生物学として細胞分裂・繊毛形成の研究に携わっておりました。そして帰国後に、現在の主要研究テーマである『細胞老化』に関する研究をスタートさせました。この細胞老化ですが、発がん防御機構、そして最近では個体老化・がんを含めた加齢性疾患にも重要な役割を果たすことも分かってきました。しかし、生体内における細胞老化についてはほとんど解析が進んでいないのが現状です。
 私たちの研究室では、老化細胞可視化マウスなど独自の研究ツールを用いた生体内における細胞老化の理解を通じて、がんの革新的な予防・治療法の開発、さらには生命科学のもう一つの大きな課題である個体老化・寿命制御の解明につながる研究を推進していきたいと考えております。細胞老化研究は広範な生物学のテーマと関連しており、『総合知』が問われます。是非とも研究所内、そして大学内の多くの皆様の協力・共同研究を仰ぎながら、健康寿命の延伸という大きな目標を達成できるよう精進して参りたいと思いますので、何卒、宜しくお願い申し上げます。

 

共同研究者の紹介

がんと自然免疫・炎症に関する大島先生との共同研究

東京大学先端科学技術研究センター
炎症疾患制御分野
特任准教授 柳井 秀元

 この度、腫瘍遺伝学研究分野 大島 正伸先生との共同研究のご縁でこのような紹介の機会をいただき、厚く御礼申し上げます。私は大学院生の時よりIRF-IFNシステムを中心的に、自然免疫応答に関して研究を行ってきました。腫瘍中での自然免疫応答の活性化機構やその役割には未解明な点が多く、興味を持っていましたが、感染応答ばかり扱っていたためにがん研究は門外漢でした。そのような時に、大島先生がご参画されていらっしゃった新学術領域研究「発がんスパイラル」にて、がんと免疫・炎症に関する最先端の研究に触れ、自分でもがん研究をやりたいと強く思うようになりました。またその後、大島先生には日独がんワークショップで発表する機会も与えていただきました。私にとって海外での初めての学会発表の経験となり、大変楽しませていただきました。

 がん免疫療法に関する研究から、腫瘍環境中では免疫系が抑制された状態におかれていることが明らかとなっています。この抑制状態をもたらす原因を理解したいと思いました。最近の私たちの研究で、腫瘍死細胞から放出されて自然免疫受容体によって認識され、MDSCsと呼ばれる腫瘍免疫を抑制する細胞集団の浸潤を促進する分子としてTCTPというタンパク分子を見つけました。この内容をNature Immunology誌に論文投稿したところ、発がんモデルマウスや臨床検体を使って重要性を示しなさいとの指摘が査読者からありました。私には発がんモデルマウスを扱った経験がなかったため大島先生にご相談申し上げたところ、これまで先生が培ってこられた大腸がんのモデルマウスを快くご供与いただき、また組織検体も使用させていただきました。大変貴重なデータを得ることができ、この結果を出せたことがアクセプトの決定打となったと思います。先生との共同研究がなければ到底成し得なかったことであり、深く感謝申し上げております次第です。

 本年度、がん進展制御研究所の共同研究課題としてご採択いただきました。心より御礼申し上げます。がんにおける自然免疫応答の役割に関する研究をさらに深化させていくと同時に、腫瘍免疫を抑制する微小環境形成の分子機構の解明とその制御法の開発を目指していきたいと考えております。大島先生との共同研究を通して、がん免疫療法に有用な新たな概念を確立していきたいと思います。今後ともご指導の程、どうぞ、宜しくお願い申し上げます。

自然免疫とがん ー免疫研究者との共同研究ー

金沢大学がん進展制御研究所
腫瘍遺伝学研究分野
教授 大島 正伸

 がん細胞の生存や増殖を育む微小環境の形成には、自然免疫反応が重要に関わっています。私たちは、胃がんマウスモデルを使ってToll様受容体(TLR)を介した自然免疫の役割について、谷口維紹先生(東京大学)との共同研究を行い、論文発表しました(Maeda et al, Cancer Prev Res, 2016)。谷口先生には、論文投稿の最終稿の段階まで電話でコメントを頂き、本当に多くを学ばせて頂きました。柳井秀元先生は、谷口先生の研究室で自然免疫反応の研究に取り組んでおられて、当時から私たちの研究に対しても、わかりやすく丁寧に助言して頂きました。そんな縁もあって、柳井先生には、信州の蓼科高原で開催している「若手支援技術講習会」で、ライフサイエンス分野の大学院生や博士研究員の参加者を対象に、自然免疫についての講演をお願いし、基礎からとてもわかりやすくお話しして頂きました(若手講習会では、別の機会に谷口先生にも研究者の哲学について基調講演して頂きました)。一方で、日本癌学会学術総会(2018)で私が座長を担当したシンポジウムでは、柳井先生に自然免疫のリガンドに関する最新の研究成果を講演して頂くなど、発がんにおける自然免疫の役割に関するテーマで、共同研究を推進する環境が醸成されて来ました。柳井先生の最近の研究により、細胞死を起こしたがん細胞から放出されるTCTP(translationally controlled tumor protein)という分子が、がん組織にMDSCs(myeloid-derived suppressor cells)を集簇させて、免疫抑制性の微小環境を形成することが明らかとなりました(Hangai et al, Nat Immunol, 2021)。免疫抑制性の微小環境形成機構はホットトピックであり、とても重要な発見です。この研究では、私たちが作製したApc遺伝子変異マウスが使われて、腸管腫瘍発生におけるTCTPの役割を遺伝学的に証明することが出来ました。がんの本態解明には、免疫反応の理解は必須です。谷口先生と柳井先生、二人の免疫学者との共同研究を通して、私たちはがんにおける自然免疫反応を、教科書の知識による説明ではなく、生きた動きのある生物現象として捉えることが出来るようになったと実感しています。さらに柳井先生との共同研究を発展させて、自然免疫の制御によるがんの予防治療法の開発につなげて行きたいと思います。

2018年若手技術講習会(蓼科)(右2番目:谷口維紹先生 左端:筆者)

2014年日独がんワークショップ(ベルリン)にて (左端:柳井秀元先生 右2番目筆者)

 

柳井先生と大島教授は2022年度採択課題で共同研究をすすめています

 

 

高校生へ向けて研究紹介

腫瘍微小環境を標的としたがん治療戦略の開発

腫瘍細胞生物学研究分野
准教授 平田 英周

 私たちの研究室では腫瘍微小環境を標的としたがん治療戦略の開発を目指して研究を進めています。さて、腫瘍微小環境とは何でしょうか?

 がん組織はがん細胞だけでなく、血管内皮細胞や線維芽細胞※ 、マクロファージや好中球、リンパ球などの免疫細胞など、様々な種類の細胞から構成されています。これらの細胞は成長因子の分泌や細胞外基質※の再構成によって、がん細胞の増殖を促したり、浸潤や転移を助けたり、治療に対する抵抗性の原因を作ったりします。このように、がん細胞の生存を支える周囲の細胞や構造、分子、物理環境(硬さなど)を総称して腫瘍微小環境と呼びます。

 近年、がんに対する治療成績は飛躍的に向上しています。その理由の一つは、がんゲノム情報に基づいた治療戦略の策定です。がんに見られる異常な分子を精密に標的にすることで、がん細胞だけを死滅させることができるようになったためです。一方で、同じ薬剤であってもがんが転移した臓器によって治療効果が大きく異なることが知られています。この原因の一つががん細胞を取り巻く環境、すなわち腫瘍微小環境の違いです。がんを治すためには、腫瘍微小環境によるがん細胞の修飾や、これに伴う治療抵抗性の獲得といった問題を解決していく必要があります。

 現在、私たちの研究室では主に脳腫瘍の微小環境に関する研究を進めています。例えば、最も悪性度の高い脳腫瘍であるグリオブラストーマでは、なんと腫瘍組織全体の30~50%をマクロファージやミクログリアと呼ばれる免疫担当細胞が占めています。興味深いことに、本来がん細胞を攻撃するはずのこれらの免疫細胞は、むしろグリオブラストーマの増大に寄与していることが明らかとなっています。また様々な脳腫瘍の進展には、ニューロン(= 神経細胞)やアストロサイト(= ニューロンを支えるグリア細胞の一種)との相互作用が重要な役割を担っていることも明らかとなっています。

 このように、がん細胞に周囲に存在する一見正常な細胞も、がんの進展や再発に大きく関与しています。がん細胞を攻撃すると同時に、いかにして腫瘍微小環境からのサポートを遮断するか?その答えが、次世代のがん治療開発のカギを握っています。

 

 

※用語解説

  • 線維芽細胞:主に結合組織に存在する細胞で、コラーゲンやエラスチンなどの細胞外基質を産生し、組織を支える役割を担う。
  • 細胞外基質:細胞外に存在する線維状の構造物で、コラーゲンなどが主な成分。細胞と細胞の間を満たして組織を支持するだけでなく、細胞の増殖や分化にも重要な役割を担っている。

 

がん進展制御研究所若手研究者の紹介

ドイツ留学、そして金沢へ

分子病態研究分野
特任助教 本宮 綱記

 2022年3月に分子病態研究分野(後藤典子先生)に特任助教として着任致しました本宮綱記と申します。金沢に来る前は、ドイツ南部のハイデルベルクにあるGerman Cancer Research Centerに留学していました。留学中は、元ボスThordur Oskarssonの指導のもと、乳がんの転移とその微小環境についての研究を行っていました。35歳からの留学という、研究者の常識ではやや遅い留学スタートでしたが、この歳にして思いっきり研究に没頭することができたことはとても良い経験でした。
 さて、ドイツに留学してきたと言うと、「研究留学先としてドイツはどうなの?」という質問をよく受けます。現在ドイツの研究費は年々増加しており、マックスプランクやEMBLなど、世界トップレベルの研究所も幾つもあります。研究費や研究レベルは総じて良いですが、これらの点はそのラボに依存するところが大きいかもしれません。正確には比べようがありませんが、留学先のラボと研究内容をしっかり選ぶ、ということを前提に話せば、アメリカやイギリスと比べても大差はないというのが私の意見です。
 ただ、苦労したところを言うと、やはりドイツ語でした。研究室内やセミナーなどは英語なので仕事に支障はありませんが、生活の場はドイツ語が主体であり、その点に関しては英語圏へ留学した場合と比べて、しなくてもいい苦労が多かったと思います。深夜の研究室で機械のエラーに途方に暮れながら、ドイツ語の取扱説明書と格闘したこともありました。スーパーマーケットでレジのおばさんのドイツ語がわからず、「ハア~(怒)」と思いっきり溜息をつかれたことも何度となくあります。今となっては良い思い出ですが、良いとらえ方をすれば、人としてとても鍛えられたように思います。しかし、これは悪い面だけではなく、言語も文化のひとつとして適度にドイツ語を楽しんで勉強できるようなバイタリティのある人には、むしろ英語圏よりずっと楽しい暮らしかもしれません。

 私はがんの進展過程におけるがん幹細胞の不均一性やニッチとの相互作用に興味をもっており、現在は後藤先生のご指導のもと、新しい研究に日々打ち込んでいます。留学先で大いに鍛えられた?経験を生かして、ここ金沢でも思いっきり研究を楽しんでいきたいと思っています。

ハイデルベルクの街並み

金沢そぞろ歩き(2)